
貴方に伝染る桜が咲いた

歌詞
解説
本作品は、生物の自己認識に関する研究成果をモチーフに、自己と他者の境界、そして自己の多層性について描いた楽曲である。自己鏡像認知※実験から着想を得つつ、現代の「鏡」として機能する対象に視野を広げ、自己認識の新たな位相を探究している。
楽曲は、穏やかで優美なメロディラインを基調としながら、歌詞の展開とともに徐々に様相を変えていく構造を持つ。冒頭の「普通のフリをしている」という歌詞は、自己演出と実像の乖離を象徴的に表現し、物理的な鏡像だけでなく、デジタルツインやSNS上の振る舞いなど、現代における多様な自己の反映を暗示しているようにも思える。
特筆すべきは、「硝子の容器」や「砂粒」といったモチーフを通じて、研究対象となった魚類の水槽での生態を暗示しながら、現代に囚われた人々の姿や心象へと昇華させている点である。「貴方の作った幻想」という歌詞には、さまざまな場面で構築された理想化された自己像への問いかけを感じざるを得ない。
進行とともに露わになる表層の「優しい見た目」と内包された「悪意」という二面性は、演じられる多面的な自己の姿を映し出す。「美しく伝染っていく」という結末は物理的な世界とデジタルな世界を行き来する中で、多層化する自己認識が不可避的に統合されていく過程を表現しているのではないだろうか。
鏡像認知という科学的知見を起点としながらも、デジタル時代に生きる人々に置き換えて解釈可能な作品であり、ある種の鏡に取り囲まれた我々の日常と重ねることで別の奥行きが垣間見える。(浅井順也)
※自己鏡像認知
鏡に映る自分の姿を「自己」として認識する能力のこと。生物は最初、鏡像を他個体と認識して攻撃や威嚇行動を示すが、その後探索的な行動を経て、自己として認識する段階に至る。自己認識能力を調べる実験では、被験体の体の見えにくい部分に目印となる印をつけ、鏡を見せる。鏡を見た個体が印に気づいて取ろうとする行動を示せば、鏡に映る像を「自分自身」として認識できていると判断する。この方法は様々な生物種の認知能力の研究に用いられている。これまで主に哺乳類や鳥類で確認されていたが、近年魚類であるホンソメワケベラでもその兆候が観察された。
Inspired by
- Kohda, M et al. (2019). If a fish can pass the mark test, what are the implications for consciousness and self-awareness testing in animals? PLOS Biology, 17(2), Article e3000021.